領域概要
研究領域名:不均一環境変動に対する植物のレジリエンスを支える多層的情報統御の分子機構
領域代表:京都大学・理学研究科・教授・松下智直
研究期間:令和2年度〜6年度
本領域の目的
植物は、芽生えたその地で刻々と変動する環境に晒されています。植物を取り巻く環境は土壌栄養や木もれ日のように細かいモザイク状の空間的不均一性を示し、また乾燥刺激のように不規則な時間的変動を伴います。そのため、植物は広いダイナミックレンジの環境変動を受け止め、それらに頑健かつ柔軟に適応するという、独自のレジリエンス機構を備えています。しかし、従来の研究は均一条件下での単一な環境応答の解析に留まり、本来の不均一かつ複合的な自然環境への多層的な適応機構を理解するには至っていません。本領域では、時空間的に不均一な環境情報を統御する分子機構とそれを支えるプロテオーム多様化機構に焦点を当てることで植物の環境レジリエンスの本質を解明し、生物の環境適応研究に変革をもたらすことを目指します。
本領域の内容
本領域では、以下に挙げる3つの新たな視点から植物の不均一環境変動に対するレジリエンスを捉え直すことにより、生物の環境適応研究に新たな変革や転換をもたらします。
① 環境の空間的不均一性に対するレジリエンス機構
自然界で植物を取り巻く環境は、光や土壌栄養など複数の不均一環境レイヤーが積み重なった状態といえます。植物はこの環境の空間的不均一性を巧みに感知し、情報を全身に伝えて個体としての恒常性を維持する能力を持っています。例えば、根の一部が栄養欠乏を感知すると、別の根で取り込みを促進するしくみがあり、窒素や硫黄、鉄などの栄養素で古くから報告例があります。また、地上部でも、一部の葉が局所的な強光に晒されると、離れた葉の気孔が閉じる現象が知られています。本研究項目では、自然界を反映した不均一な条件下で環境情報が組織・器官間をどのように伝えられ、どこでどのように統御されているかなど、不均一環境下において初めて発揮される植物独自の適応能力に着目し、そのメカニズムや普遍性を明らかにします。
② 環境の不規則な経時変動に対するレジリエンス機構
環境刺激は時間軸や強度の面でも均一ではなく、不規則なゆらぎを伴って変動しています。植物は、この徐々に変化する環境刺激の長さや強さに応じて、複数のステージゲートを設けることで応答の最適解を選択しています。例えば、乾燥による水分不足を感知すると、気孔を閉じて萎れを防止する初期反応を数分で開始するが、再び乾燥に数日間晒されると、この世代での生存を諦めて種子を付け、生存のチャンスを次世代へと託します。この段階的なステージゲート応答において、植物は環境刺激の長さや強さに応じてどのように判断を下しているのでしょうか?本研究項目では、植物の環境応答をこのような時間軸に沿った視点で体系的に捉えて、不規則な環境変動に対する応答の多段階性について、その分子基盤を明らかにします。
③ レジリエンスを可能にするプロテオーム多様化機構
ダイナミックレンジの大きな不均一かつ不規則な環境変動に適応するためには、植物細胞内でのプロテオームの多様性が必要となります。環境に応じてプロテオームを変化させる機構として、従来は転写量変化や翻訳後修飾が主に解析されてきましたが、近年、植物が光刺激に応じて転写の開始点をゲノムワイドに変化させることで、一つの遺伝子から機能や細胞内局在の異なる複数のタンパク質を生み出すという植物独自のプロテオーム多様化機構が発見されました。そしてこの機構が木もれ日等の不均一・不規則な光環境変動に対する植物のレジリエンスに必要であることが示されました。同機構は、光以外の様々な環境刺激への応答においても作動することが判明しつつありますが、従来これらのプロテオーム変化は検出されることなく見逃されてきました。本研究項目では、不均一環境変動に対する植物のレジリエンスの理解に向けて、転写開始点制御も含めた多層的な制御によってもたらされる環境依存的なプロテオーム変化の全容を明らかにします。
期待される成果と意義
植物の環境レジリエンスを支える分子機構を解明し、新たな研究潮流を生み出す概念の確立が期待されます。さらに本領域研究を通じて、国際的に活躍する若手研究者の育成も進めていきます。また、将来的には、食糧・エネルギー問題解決への基盤技術構築に貢献する成果が生み出されることが期待されます。これらの研究は、生命の多様な環境情報統御システムの理解に繋がると考えられます。